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石けん

過度な愛着はもはや狂気だと思います。また、あっちを立てるとこっちが立たず、といった側面は何事においてもあるように思います。そんな、過度に抑えつけられたことで別の何かが過剰になり、その過剰さが愛着になって表れたときの話を書いてみたいと思います。

 

私が通った中学校はどこの地方にでもありそうな、田舎の平凡な、ついでに校則を盾に抑圧を好む学校でした。厳しい規則で管理して思春期の過ちを未然に防ごう、寝る子を起こすなを信条としていたようです。

バスや電車などの公共の乗り物を利用できる立地になっておらず、通学にはほぼ全員が自転車を使います。試験期間以外は学校指定のジャージで学生生活を過ごし、ジャージの着なしについても厳しい規則がありました。

腰パン禁止はまだ理解できますが、袖から手を出す割合、首元から胸にかけて付いているチャックを開く割合、襟を立てることにすらも校則がありました。

 

悪意の塊のような人間が、定規を使ってそのジャージの最大限のダサい着こなしを研究し尽くしたのでしょう。校則通りにジャージを着ると、さえない田舎の中学生に磨きがかかります。

ニキビ弾ける思春期キッズたちにとっては、ただでさえダサいジャージをさらにダサく着こなすという行為は死を意味していました。

 

校則が合理的だったならまだ納得できたのかもしれませんが、たいていの校則が合理性も意味もない、理不尽な要求に感じました。胸元のチャックを全開してもいけないし、すべて閉じてもいけません。

そのような最も中途半端な位置にチャックを置かせることに何の意味があるのか、私はいつも不可解に感じていました。また、そのようなことを守る・守らないで大声で怒鳴ることができる先生はもはや正気ではないのだろうと完全に斜めから見つめていました。先生も面白くなかったことでしょう。

 

「理不尽な抑圧」に私が抗うためか、教師からは、当時私が一生懸命取り組んでいた部活を頑張っていないかのようになじられたり、試合に出させてもらえなかったりと嫌がらせのようなことをされたこともありました。

あいつらは校舎ごと燃やそう。そんな鬱屈とした日々を過ごしていた中学2年のある日、私はある物に心が癒されることを自覚しました。石鹸です。

 

自宅にて石鹸で手を洗った後のわずかな残り香に心満たされる日々が始まります。はじめは、帰宅後やトイレ後の手洗いに付随した癒しだったにも関わらず、次第に癒しへの依存が強くなり、潔癖症かのように手を洗う頻度が増えていきました。

依存症が過度になっていくことは世の原理です。そうして、自宅で手を洗うだけでは物足りなくなりました。学校でも、石鹸の香りが嗅ぎたい。

 

翌日にはマイ石鹸とみかんのネットを学校へ持っていき、女子トイレの一番端、誰も利用しない手洗い場にそれらを設置しました。狂気じみた校則を持つ我が中学校も、さすがにマイ石鹸を制約する校則まではありません。

私は学校という監獄に、人知れず巨大なオアシスを作った万能感と多幸感に満たされました。私は休み時間の度にトイレに通うようになりました。

 

依存心は加速しながら肥大するものです。私も例にもれず、手を洗ったときに匂いを嗅ぐだけでは満たされないようになりました。そして、筆箱に石鹸を入れて持ち歩くという画期的な発明をします。

 

物には劣化があることを私はよく理解していたので、初期は筆箱に袋に入った状態で入れます。授業中に、部活が始まる前に、袋に入った石鹸を筆箱から取り出しては香りを楽しみます。香りが薄まってきた中期のタイミングで袋に少し切れ目を入れ、その隙間から香りを楽しみます。しかし、日々匂いはあせてしまうもの。

 

そこで私は、袋から石鹸を取り出しハサミで真っ二つに切り離しました。切れ目から、フレッシュで強度の強い香りがダイレクトに脳みそに届きます。これだ、これ。

 

石鹸を切り刻むことでいくらでもその香りを楽しめるという大発見を人知れず喜びました。そうして学校で嫌なことや、不安定な気持ちになるたびに、筆箱からこっそりと切り刻めまれた石鹸を取り出しては癒され、心の乱れを沈静させました。しかし、そういった日々も突然、終焉を迎えました。

 

思春期の心は不安定です。私は言いようもない絶望的な気分に押しつぶされそうな感覚に。口から心臓を出してベランダから投げ捨ててしまいたいほどの衝動。今までそうやって乗り越えてきたように、私はそっと筆箱のチャックを開き、石鹸を鼻へ近づけます。

 

しかし、まったく満たされませんでした。心臓の動悸に、石鹸の香りがまったく影響しません。満たされない心は焦燥感に変わり、落ち着かない想いが喉元までこみ上げ、奥歯を疼かせます。自由になりたい 自由になりたい 自由になりたい モテたい かわいくなりたい 承認されたい 自由になりたい 落ち着かない。奥歯が疼い。さまざまな感情が溢れ、ぐるぐると巡ります。

私はそのまま石鹸を、奥歯で噛みました。

 

それ以来、憑き物が落ちたかのように石鹸に対して執着がなくなり、ほとんどの人と同様、適度な距離を保っています。抑圧は人間に深い影を落とす、そういうことなんだと思います。