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友人の結婚

昨日、大学時代の友人が結婚式を挙げました。彼女はゼミの同期で、刺激的な日々を過ごした仲間のひとり。

彼女は小柄で朗らかで、心に深い深い愛情を抱えています。私はそんな愛情に見守られて、学生時代からたくさんの失敗をしながらも、大きく道を踏み外さずに済みました。

友人の結婚相手は私の中学時代の同級生で、彼は田舎の中学生らしくない、センス溢れる人。現在は企業でデザイナーをしています。

何から何までおしゃれでスタイリッシュでデザイナーなふたりがお似合いすぎてうらやましく、激しく嫉妬を感じましたし、もはやそれを隠すこともしませんでした。幸せMAXなふたりには、私の嫉妬なんて酒のつまみにもならないことでしょう。まぶしいよ、ただただ。
こちとら彼氏もいなければ友達も少ないんだぜ。

友人の結婚式を見ながら、自分の結婚式でやりたい演出について妄想を膨らませていました。
私は三味線教室の仲間を呼び寄せて島唄の祝い唄で披露宴を開始し、途中で私の三味線弾き語り、お色直しの後に中島みゆきのファイトを歌いながら再入場することが私の夢です。そういう私を許してくれる男性が世界のどこかにいることを心から願っています。

新卒で入社した会社で何もかもうまくいかずに空回り、乗り切りたい気持ちに反して壊れてしまったあの日。

半年のリハビリを経て派遣社員として勤めた会社で、退社のときには送別会までしてもらったあの日(その送別会で、私は変態なので会社員がつらいと余計なカミングアウトをしたあの頃の私)。

ただのニートになり、学生時代に働いていた焼肉屋さんでリハビリさせてもらうも、送別会で店長と怒鳴り合いの大喧嘩。泥酔状態で真冬の田舎で逃亡を図る。見かねた店員が呼びつけてくれたタクシーでひとり帰宅。

故郷での思い出のすべてがガラスの破片のままキラキラと、殺傷力は衰えることを知らず未だに心身を痛めつけるよ。私の認知の問題なのか、私の生き方の問題か、私の人格の問題だろう、故郷での思い出のすべてが痛い。思い出を少しかき集めただけでも流血が止まらない。懺悔したい気持ちになり、少しでも出来事と距離を作りたくて文字にしようと試みるが、ちょっとその箱はまだ開けないでしまっておいたら、と助言の声が聞こえる。少しずつ向き合ったら、自分の人格も少し整理されるんでしょうか。

捨てたように逃げた故郷の豊かな自然を横目に、今の私ならこの土地でもっと上手く過ごせるのだろうかと淡い期待を抱き、その思いもその場に置いてきました。

みんな故郷でロマンスを育んでいるのにね。私はいつまで狂気と背中を合わせて過ごすのだろう。
友人の幸せそうな姿が発端となり、今週は自己嫌悪の沼から抜けられなそうで、これまた自分の闇を見るのです