明日が父親の七回忌のため、週末の休日を使って実家に帰省しました。

 

昨日は、建て替えが済んで2日目の友人の実家にお邪魔し、友人や友人の両親、友人の飼い猫たちとのんびり過ごしました。子猫の頃から知っているはずの猫たちには人見知りをされ部屋から逃げられたり、慣れてきて匂いチェックをされたり、無視されたりしてみんなで楽しく過ごしました。

 

猫用の扉やロフトなど、猫カフェ力がグッと高まっており、友人宅は素晴らしい仕上がりでした。

また、取り壊された友人の古い実家にはたくさんの思い出が残っています。動物が側にいる思い出は豊かです。

 

そして本日は、本来の目的であったお墓参り。昨日の朝に急遽参加したフットサルの運動量に驚いた筋肉が悲痛な叫びを上げ、今朝は5時に目が覚めると二度寝もできずに物思いにふけっていました。自分の結婚式のスピーチで話したいことを妄想していたらティッシュが3枚ほど濡れました。

 

ほとんど猫カフェな実家を持つ友人は、どんな運命の悪戯かひどい猫アレルギーを持っており、自分の実家には泊まれないため私の実家に泊まり、朝は私の母親を交えて女3人で賑やかな朝食を楽しみました。

 

実家の仕事を手伝って馬車馬のように休みなく働く友人を今日も仕事へ送り出し、母親とふたり、父親のお墓へ向かいます。

 

予想以上の早起きと妄想に疲れた私。2時間ほどかかる父親のお墓への道中ではほとんど助手席のシートに沈んでいました。

 

目が覚めると、重度の天然ボケを極めて60年の母親の運転に不安が募ります。

 

高校の修学旅行前日、母親の運転する車に乗って頭部を5針縫ったことがありました。

 

修学旅行に持っていく大きな荷物は修学旅行前日にバスに積まなければいけなかったため、母親の運転で高校に向かっていました。集合時間に間に合うかギリギリだったことに焦った母親は注意散漫となり、 左右不注意で左手から来た自動車に突っ込まれます。

 

助手席にいた私は左手から近づく車の一部始終を目撃しました。映画のスローモーションのように、グレーのセダンがゆっくりと近づき、そのセダンの顔先が私のすぐ左側の扉を食い破り、その車の顔先や壊れたドアは私に食い込むことなく、母親の踏んだ急ブレーキで私の体が前方に大きくつんのめった瞬間にいつもの時間の動きに戻りました。

 

砕けたドアガラスの破片で切ったようで、私の頭部からはとめどなく血が流れ、痛みも感じないのに頭部を怪我するとこんなに血が出るのかと驚きました。

髪の毛をつたい、いつも着ているセーラー服の襟元に気泡を含んだ血液が溜まっていく非現実的な光景と、横でパニックになる母親の様子からかえって冷静になり、救急車の要請や母親の職場に遅刻の連絡をするようにアドバイスしました。左後頭部を縫われた際に響いた、頭皮をつなぎとめる糸の音と鈍痛が印象的です。

 

何歳かの私の誕生日にもらった母からのお手紙で、あの事故では家庭の大黒柱であった自分の保身に走ってしまったと数年越しに詫びを入れられたことがありました。

 

山の頂にある父親のお墓に着くと、広大な墓地を豊かな緑が囲んでいました。その豊かな自然は孤独の象徴でもありましたが、もしあの世があるとして父が幸せであるなら良いと思うしかありません。

父のお骨を目前にし、しかし今日は父親のお骨の側で拝むことはできないことを知りました。彼女は、納骨堂の管理人の予定を考慮して、今日無理に開放のお願いをすることができなかった。また、その事実をこの場になるまで私に伝えることが出来なかったのでした。

 

今日のために数週間前から段取りをしてきたあの時間はなんだったのか。手にしていた花束をぶちまけ、来た道を1人、一目散に戻りました。

 

母親が踏む緩急のきついブレーキで溢れたアイスコーヒーのシミをスニーカーの右端に見ます。

 

あらゆる思い出のどの日から遡っても、母親を構成するほとんどが変わっておらず、その事実を目の当たりにするたび、何度でも打ちのめされてしまいます。

彼女を育んだ田舎のあの豊かすぎる自然のように、手付かずで愚直なまま、狂気も孕んでじっと佇んでいます