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ゴキブリといえば

たいていの人間は嫌悪感を示す。

遺伝子に組み込まれているのかもしれない。好きだと言う者を見たことがない。そんな存在をタイトルに入れるのは賢明な試みとはいえない。それでも、強く浮かんでしまったものを書き記しておかないわけにもいかない。難儀だ。

 

 

29年間のうちの、はじめの5年はよく覚えていない。次の5年は、ゴキブリと同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べた。幸いなことに、それ以降は彼等とほとんど顔を合わせない人生を歩んだ。

 

ゴキブリとの同居生活が過去のこととなって久しくなった頃、わたしが23歳と数ヶ月のときだ。若くで患った脳卒中の後遺症として左半身麻痺を抱えて20年生き永らえた父が、他界した。6月だったにもかかわらず、葬儀を終えるまでの数日間、ひどく暑い日が続いた。

姉と兄は家を出て自活していたが、母と、廃人のような留年大学生のわたしは最後まで父とともに同じ家で暮らした。

苦労をかけられることしかなかった父の存在であったが、それでも父の死はわたしたち家族に大きな喪失をもたらした。体にポツポツと空いていた穴がすべてつながって、いよいよ大きな空洞となった。

 

家に残ったふたりを気遣って、姉が飼っていたチワワを連れてきた。母とわたしとチワワ、女3人での暮らしが始まった。

余談だが、このチワワは生前の父から切り干し大根を餌付けられたことがある。(病気の影響もあるとは思うが)戦後の何もない日本で、畜生と一緒になって経済を立ててきた父の世代の人間には、血統書つきの犬の軟弱さが想像もできないのかもしれない。

チワワという犬は生来体が弱いらしいので人間の食べ物は与えないこと、という家族の忠告を常々無視しては、何かしら分け与えた。父は父で、面倒見の良い人間だったのだ。

消化できずに持て余した切り干し大根をチワワがすべて吐き出し、父と彼女が家族に隠れて行ったやりとりが露見した。

それは、大人の親指ほどの太い切り干し大根だった。兄が5つ、私が1つ。処理した人物の証言を集めると、合計6個の切り干し大根を彼女は口にしていた。もらった分だけ、食べたのだろう。彼女にはそういう分別のつかないところが多々あった。

 

父がいない生活に段々と慣れ始めた、熱帯夜を思わせるある夜。生前の父が過ごした部屋で母とふたりテレビを観ていると、床いっぱいに敷かれたござの隙間から壁にかけて、黒い影が走った。

 

ゴキブリだった。

 

わたしは嫌悪感と恐怖からすぐさま殺傷を試みたが取り逃がし、ござの隙間に逃げられてしまった。彼または彼らが家のどこかに留まっているということがひどく不快だった。何年もその姿を見ていなかったのに、まさか自宅内に出るとは。母とショックを分け合った。

 

すると次の日も、昨晩と同じように、ござの隙間からゴキブリがするりと出てきて、すぐさまござの隙間に消えていった。またしても取り逃がしてしまった。その姿を見かけることがなかった我が家に、2日連続でゴキブリが出たことにわたしはひどくショックを受けていた。

しかし母は、彼女は“妙だ”と考えたようだった。

 

「お父さんかな...」

 

母がつぶやく。彼女はスピリチュアルな思考を得意としてきた。その思考や発言には常々人間離れしたものがあり、わたしなどは、彼女には紫色の血が流れおり、彼女の口から出る言葉は黄緑色のゼリーだと思っている。そんな彼女を経て生まれたはずのわたしたち子供は、そういった彼女を“天然ボケ”という棚に乱暴に押し込んで、やり過ごしてきた。

 

彼女はブラックジョークを言えるような機転のきくタイプではない。悟ったような、真面目な表情をしていた。

ブラックが過ぎる。