赤ちゃんは、眠っていたかと思うと、急に泣き出すことがある。
その中でも、とくに「赤ちゃんが眠りに落ちる瞬間に泣き出す現象」と、
「痴呆症の人が、自宅にいるにも関わらず『家に帰りたい』と口にする現象」。
両者のこの現象に、私は共感する。
両者とも、他人に自分の感覚を説明するための言葉を持たない。説得的な言葉の代わりに、端的な感情表現や帰宅願望を口にし、伝えようとするのだろう(後者は夕暮れ症候群・夕方症候群と呼ばれる)。
本人らからすれば、本当のところは違うのかもしれないけど、私はこれらを訴える気持ちがわかる、と常々思っている。
入眠時に赤ちゃんが泣くのは、彼らが悪夢を見たため、という説がある。
人間が夢を見るのはレム睡眠時と言われ、大人では睡眠全体の20〜25%程度しかレム睡眠がないが、赤ちゃんは50%もの大幅な割合をレム睡眠が占めるらしい。そのため、レム睡眠時の夢が悪夢の場合、不快感に耐えきれずに泣き出してしまうのだろう。
私も10日に1日程度、入眠時に強烈な絶望感や不快感が体全体に満ちるのを感じることがある。
悪口やたくさんの不快な言葉が背後からにじり寄り、ベッドに横たわった私の体が背中からそのまま地獄に引き摺り込まれる感覚だ。
この世に摑みかかるように一度目を覚ますか、入眠時特有のいつもの不快感だと高を括ると、その後はすとんと眠りに落ちる。
赤ちゃんは、このような悪夢の頻度が多いのだと思う。私のように、こんな悪夢はいつものやつだ、と割り切れる思考を持たないため、必死に泣いてこの世にすがっているのだろう。気の毒だ。
それから、痴呆症の人が、自宅にいるのに「自分の家に帰りたい」と口にする感覚。これにも共感せざるを得ない。私も昔から、自宅にいても仮住まいにいるような感覚が常にある。物心着いてから今までに、5回ほど引越しを経験している影響が大きいはずだ。
どうせまた移動するのだから、現在の仮住まい先を我が家などと考えて根を張ってもしょうがない、という思いがある。むしろ、居心地の良さを感じるとその後の移動がつらくなるので、愛着を持たないようにしているとさえ言える。
その結果、私などは自宅にいても我が家にいる感覚が希薄だ。その点、痴呆症の人が、「自宅にいるはずなのにこんなに落ち着かないのは、ここが我が家ではないからだろう。早く家に帰りたい。」という思考は真っ当な感覚に思える。親しみの抱けない自宅にいるのがつらいのだろう。
今回「赤ちゃんが眠りに落ちる瞬間に泣き出す現象」と、「痴呆症の人が、自宅にいるにも関わらず『家に帰りたい』と口にする現象」、この2つの現象に私が共感していることを丁寧に書いてみたかったのだが、書いてみた結果、そこから言いたいことがとくになかったことも明確になった。
しいて言えば、私は赤ちゃんと痴呆症の人のハイブリッド的な人間だ、ということになるだろう。