体毛から導き出された体感

正直なところ、私は女性の中でかなり毛深い部類に入ると思う。

 

事実、思春期前の小学校低学年など、まだムダ毛処理の発想もなかった頃には、男子に結構からかわれた。

 

悔しくて自宅で剃毛するようになったが、十数年前のカミソリ事情はまだ厳しい。

 

今のように肌への優しさを考慮された安価なカミソリは流通しておらず、一歩間違えると大怪我にもつながりかねない刃むき出しのカミソリ『赤貝』で、剃るか剃られるか、刺し違える覚悟で剃毛したものだった。

 

実際に流血したことも、数度どころではない。

 

剃毛による生傷が癒える頃には、また次の毛が生えている。

 

私と同じく毛深い母親と姉も、手足に常に生傷を抱えていた。

 

(なお、母親だけはいまだに『赤貝』を使用し続けており、実家では水場を中心に何かのトラップのようにカミソリが放置されている)

 

これは完全に血筋なのだと思うが、毛量も多いし毛根も相当に強い。

 

眉毛を抜き続けると生えなくなるというが、十数年前から抜き続けてきたにも関わらず、その勢いはまったく衰えていないように感じる。

 

なんなら下顎にも生えてきており、ピンセットで眉毛や下顎の髭を抜くのがライフワークとなり、もはや趣味である。

 

しかし、私が我慢できないのは、指毛だ。

 

手の甲に生える毛が、少しずつ範囲を広げている自覚があり、いつか指毛とも繋がって、手の甲は満遍なく毛で覆われることをうっすらと予感しているが、そこはもう覚悟ができている。

 

嫌なのは、指毛が伸びるペースなのだ。

 

すでに毛深くて、今後もさらに毛深くなっていくのは、まあ仕方がない。

 

しかし、毛の伸びるペースの体感時間がどんどん短くなっているのが辛い。

 

小学校の頃は、二週間に一度、あの危険なカミソリで恐々と慎重に剃毛した。

 

今も毛が伸びるスパンは変わらないが、20代後半を過ぎてから、二週間などは一秒と一緒だ。

 

働き、食べ、寝て、そんな一生懸命に生きる日々の中で、気付けば指毛が一瞬で伸びている。

 

これはただの自慢だが、私はよく手が綺麗だと褒められるし、自負がある。

 

そんな綺麗な手と指に、一瞬で毛が生えるのだ。

 

私は秋と春の衣替え、排水溝の滑り取りにさえ「今後の人生で、こんなことをあと何回しなければならないのか」と自問し、回数を実際に算出するような人間なので、指毛の処理についてもかなり頭を抱えている。

 

しかし、最近ふと、こんな考えが浮かんだ。

 

「指毛に比べて、花は良いな」

 

なぜなら、花は手間のかかり具合もちょうど良い。

 

というのも、アラサーになり、加齢とともに自分から生物としての美しさが抜けると、反比例して草花の美しさが身にしみるようになった。


最近は一輪挿しの花瓶を買い、慈しんでいる。


全身緑色だったガーベラが、やがて顎をしゃくらせながら黄色の花びらを咲き誇る。喜びと愛しさが胸に溢れる。


ばばあはみんな、花が好き。


いつか、大きな庭でガーデニングをして、たくさんの草花と体毛を自由に伸び伸びと育てて、やがて体毛と植物は一体となり、クロード・モネに描かれる立派な庭園となるのだろう。