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今日のわたしが最高だった5つの理由

1.髪の毛が良い感じになった

いつも行ってる美容室でカット。メニューは基本的に美容師さんにおまかせ。プロにまかせるその勇気、まじナイス!

 

2.「この音楽イケてる」って思った

美容室帰りにタワレコに寄り道。気になっていたバンドの音源を聴く。良いものを良いと感じられる自分の感性、まじサイコー。

 

3.ビール研修として海外を放浪する先輩の一時帰国を歓迎

ビッグハグの嵐。頑張る人を応援するスピリッツ、まじやばい。

 

4.親友・恋人らとの会話を楽しんだ

話しづらい会話もできた。良い友人がいるわたしはまじ幸せ者。そのあと、恋人とカフェで雑談。クセとアクの強い自分に付き合ってくれる優しい人たちがいることにまじ感謝。

 

5.家で作ったご飯が美味しかった

鍋料理サイコーに簡単なのに美味い。とくにマロニーまじ美味い。美味しい料理を作れることはクールだし、食物にまじ感謝。

年末年始につかみかかるの巻

年末頃から年始にかけてひどく体調が落ち込んだ。その間、大ヒット中の某アニメ映画に怒り心頭したり、ネットショッピングで詐欺にあったりした。

 

2016年は財布を2回落としたり(2回とも奇跡的に無傷で拾得された)、職場で心配されるほど体調不良が頻出したりと悪いことが目立つ1年だった。妖怪にでも取り憑かれたのではないかと思いあぐね、大晦日から三が日にかけて、2ちゃんねるまとめサイトで妖怪退治について読んでしまったほどだ。

 

焼きが回っているのである。

 

脳みそが漏れていると思うほど鼻水が出てくる。鼻かみティッシュのプールができている。5分に一回は鼻水を出さないと気持ちが悪くなってくるため、移動などは不便でしかたない。座席で控え目に鼻をかむと隣のおばさんがいそいそとマスクをつけ始めたりする。

 

いまだに味覚がない。無味無臭の中、わずかに立ち込める食材の香りを励みに栄養を取り込んでいる。

聴覚も鈍い。何もかもの音が、一枚の膜を隔てて伝わってくる。直接響いている気がしない。言葉などは脳みそにほとんど届かない。お気に入りの音楽が耳元でかろうじて励ましてくれる。言葉なんか無意味だ。革ジャンを着たギターサウンドが乱暴にわたしの肩に腕を回す。ありがとう、元気になったらまたライブに足を運ぶよ、と礼を言う。

 

彼らと肩を組みながら、夕暮れを眺めていた。わたしの住むマンションは丘の上にある。夕暮れ時はとくに最上階からの眺めが美しい。山に暮れる夕陽と、そこらじゅうに広がる人々の暮らしが一望できる。この灯りを作るたくさんの人々と全く関わりがない一生を生きるのだと思うと悲しくてたまらない。この目に見える範囲の人々でさえ多くは他人のままだ。生きることはなんと切ないことだろう!わたしが革ジャンを着たギターサウンドにそんな気持ちを打ち明けていると、別のところから声が聞こえてきた。悲しいなら終わりにしたらどうだろう?声のほうを見ると、それは5階下のコンクリートの囁きだった。鉄棒をするように手摺に脚をかけ、地面に向かって万歳をする。そのまま落ちていくことを想像する。痛い。体が重いせいで痛いのだ。考えるだけでうんざりする。トイレットペーパーのように軽薄に、木綿のハンカチのように美しく風に舞って人々の暮らしの瞬間に触れられるならまだしも、重たい体のせいで風に運んでもらうこともできず、垂直に落下して痛い思いをするなんて実に馬鹿馬鹿しい。そんなことは労力に見合っていない、と一蹴した。

 

お腹が減っていた。家には大根と白菜とネギと鶏肉をトロトロに煮込んだ鍋が作ってある。そこに生姜をたっぷりと混ぜたいと思った。唐辛子も少し入れたい。多分、味はまだしない。でもきっとトロッとした良い食感がして、ときどき美味しい味がする瞬間もあるに違いない。

想像すると早く部屋に帰りたくなる。風に乗って姿を消そうとする憂鬱の尾をつかみ、マンションの手摺に2、3度打ち付けそっと手を離すと、北風に煽られたかのようにいそいそと去ってしまった。

とっても、おばあちゃん。

おばあちゃんとの月一定例会として、「健康ランドで入浴し、併設の回転寿し屋で寿司と生ビールをくらう」という活動を始めて今年で2年目になる。

 

クリスマスイブでもあった本日が2016年の最後の定例会だった。なぜか嫌な予感がしていたのだが、案の定おばあちゃんは40分ほど遅れてきた。わたしたちはいつも11時に待ち合わせするが、大抵はどちらかが遅刻する。それも5分とかのレベルではない。だいたい、20分〜1時間ほどだ。今回の40分はなかなかの遅刻だが、ここしばらくはわたしの遅刻が続いていたので、遅刻タイムのバランスがフラットになりつつあると思った。

そして今回はおばあちゃんの妹がゲストとして参戦していた。彼女もおばあちゃんと同じ時刻、つまり遅刻で登場だ。

 

ちなみに、待ち合わせの時間は以前はもう少しフレキシブルに決められていた。大抵は、おばあちゃんのほうから「少し早めの10時に待ち合わせよう」とか「せっかくの休日に11時待ち合わせは可哀想だ。12時にしよう」などの提案をしてくれた。わたしはいつもその提案に乗るカタチで待ち合わせ時間を決めていたが、ある日、12時の待ち合わせに20分ほど遅れて着いた際、おばあちゃんにめちゃくちゃキレられたことがあった。

話を聞くと、おばあちゃんの中での待ち合わせ時間はいつの間にか11時に変更されており、しかも早く到着していた。わたしはそんな日に限って寝坊。定例会史上一の大遅刻となった。それ以来フレックス制は廃止し、待ち合わせは11時がデフォルトとなった。

 

 

どちらかが大幅な遅刻をしたとき、会った瞬間にピリッとした空気がふたりの間に流れる気がする。一応、怒ってはいるのだ。遅刻したほうが謝罪し、するっと近況報告に入り始める頃、合流できた喜びがじんわりと胸に広がる。遅刻への怒りよりも、約束が忘れられていなかったことへの安堵が勝り始める。

 

止まらないおばあちゃんのマシンガントークに相槌を打ちながら脱衣所へ移動し、服を脱ぎながらおばあちゃんの話を聞く。わたしが体重計に乗る瞬間もおばあちゃんのターンだし、湯に浸かる前に軽く体を洗うとき、ジャグジーつきのお風呂に隣同士で腰掛けるときも、ずっとおばあちゃんのターンだ。わたしはいつも返事しかすることがないので、他の考え事をしたり、ときどき寝てしまうこともある。おばあちゃんはあまり気にしていないようで、おばあちゃんのターンは終わらない。

 

おばあちゃんはわたしの知らない親戚や知人の話をさもわたしが知っているかのように語る。ほとんどの人のことを知らないけれど、おばあちゃんに、この人は知らないかな?と確認されない限り、わたしは知らない人だということを伝えない。おばあちゃんが話している人をわたしが知っているかどうかはあまり重要ではない。野暮なことは言うものではない。

 

お風呂にたっぷりと浸かったあと、(おばあちゃんは途中の売店に気を奪われながらも)、わたしたちは回転寿し屋にまっすぐ足を進める。回転レーンの中に立つ顔見知りの板前さんに挨拶をし、わたしたちがカウンター席に腰をかけると同時に生ビールが2つ運ばれてくる。

お疲れ様、とカチンとグラスを合わせ、グイッと一飲みする。丘の上にある回転寿し屋には一帯を見渡せる大きな窓が広がっており、季節ごとの光と木々が風景の一部になる。ビールに差し込む柔らかい光が炭酸の粒を輝かせる。お風呂上がりのビールと寿司が体に沁みわたる。そうしているうちに、待ち合わせの遅刻のことなどは飲み込まれて消えてしまっている。

サバイバル・ドリーム

生をもぎ取る闘いの夢をよく見る。

先日も、そうだった。

 

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制服を着た若者がいそいそと、人によってはうんざりと気怠そうに渡り廊下を進む。

広大な駐車場の上に作られた屋外運動場と校舎を繋ぐ、クリーム色の錆びれた渡り廊下には、身を乗り出してやっと通れるほどの窓が連なっていた。その簡素な窓からは冷たい空気と西日が入り込む。途中、渡り廊下と地上をつなぐ螺旋階段も簡素だった。扉にはガラスも張られておらず、階段のはじまりと、その先の薄暗い地上駐車場が目に入る。

 

気怠そうに歩く人間の気持ちがわからない。うんざりしようと、静かな空間を引き裂いて惨劇が生まれるこの世界が変わるわけではない。

男子の後ろ姿を眺めていると、制服の身に着け方で性格まで見える気がする。お調子者にはお調子者の、真面目な人には真面目な人の着こなしがあるようだ。

ジャストサイズのワイシャツを細い腰からはみ出させた茶髪男子が、他の数人と話をしながらゆっくりと歩いている。

上下ともにオーバーサイズの制服を身にまとった小柄でやや小太りな男子。切り揃えられた黒髪を見るだけで実直な性格が見て取れた。集団行動はやや苦手そうだ。彼は足を止め、両手で顔を覆った。指は眼球を目指していた。わたしは少し先の窓から身を乗り出し、身をよじって窓から抜け出す頃にまた彼を見た。その指は両眼に深く喰い込み、血の涙を流しながら何かを叫ぶように口を大きく開いた。

 

ここもあっという間に崩壊するだろう。

 

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昼間から飲んだくれるような年配者の多い街だ。慣れきってしまえば単なる日常で、恐いもくそもない。 

光のささない薄暗い路地裏に密集した居酒屋で安酒をくらっている。手を伸ばせば二階に届きそうなほどこじんまりとした街。ガヤガヤとした喧騒は会話と喧嘩の判断が難しい。

 

酔っ払いたちの間を縫うようにして歩く。このうちの何人がまともと言えるか。あいつらが突然混ざっても、大半の人間は気付かぬまま狂気に取り込まれていくだろう。それも幸せなことかもしれない。

道端にまばらに置かれた汚いテーブルには酔っ払いたちが集い、ひしめき合って空虚を満たしている。会話の域を超えた物言いが目立つ。

喧騒に割り込むように響く大きな音。皿やグラスは地面のあちこちに砕け、テーブルはシャッターへ叩きつけられていた。

細い路地から全速力でテーブルに突進したらしい者の姿が目に入る。周囲の人間は弾かれたように地面に転がった。

 

始まったのだ。

 

室外機に足をかけ、パイプをよじ登る。異常事態だけが切り取られたようにその場に浮いていたが、酔いすらもわからぬ世界に埋没した者たちがその事態を気に留めた様子はなかった。

 

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生い茂る葉が邪魔で彼らの姿は見えない。葉の擦れる音と声から位置と近さを推測する。とにかく上を目指す。考えるまでもなく、生存の可能性が高い選択を体が勝手に実行する。捕まったらどうなるか。人間の意識がなくなるのも、人間の意識があるまま選択の自由が一切なくなるのも、御免だ。 右手の下方と左手から気配がする。上へ登りながらもゆるやかに右手に旋回する。

 

はっきりとは聞き取れないが、罵詈雑言なことは確かだ。その物言いは、捕まったらただでは済まないことを確信させる。いつ髪の毛を鷲掴みにされて捕らえられるかわからないほど、すぐそこまで迫った気配がある。ほんの片手の距離を開くために、葉を一心不乱に掻き分ける。

 

冗談じゃない。

 

いつ自分が狂気に取り込まれるかわからないこんな世界でなぜ、人間を囲おうとするのか。平穏なんてどこにもないのだから、せめてわたしのまま、最後まで逃げさせてーー

 

大木の頂点から顔を出す。レッカー車が横切る。レッカー車から垂れ下がるワイヤーを目指し、わたしは迷わず飛んだ。その瞬間、掴みかかろうとした人間の指が脚先をかすめた。

レッカー車のワイヤーを掴み、振り子の原理で安全な場所に着くことをその瞬間夢見ていた。

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母と怒り、ひやり。

夢から覚めるまで、わたしは冷蔵庫の置き場所から戸棚のレイアウトまで、とにかく何もかもに怒っていた。

 

家中のありとあらゆる物事について、母親を懇々と叱りつけた。それでいて、母の

 

「はあ。」

 

とか、

 

「そうね、ごめんなさいね。」

 

と言った気のない返事や態度、ときにまったく下らないと言わんばかりの軽薄な謝罪のいちいちに激昂した。

もはや、母親の何もかもが気に入らない。大きなゲンコツで母親を真上からペシャンコにしてやりたかった。そうできないかわりに、彼女の思想が行き届いた物や、彼女の思想が行き届いていない物を非難した。思想から無思想、すべてを踏み躙りたかった。

母の態度を見ては、ますますヒートアップするわたしに兄は困惑し、姉は発言のタイミングを見失っていた。

わたしの怒りは次から次に湧き上がり、いよいよ身体におさめておけなくなるぞと脳みその奥底で響いた警笛をたぐり寄せたかのように目が覚めた。

寝起きの気分は最悪だ。しかし、どこか納得もした。わたしはいまだに母親に激しい怒りを持ち続けていることを突きつけられた気分だった。

そしてその感情は“何の努力もなしに霧散することはない”と確信に近い、強い思いが湧いた。早く大人になりたいと駆け足をした幼いわたしが知らずに蓄積した、“寂しかった”“甘えたかった”という消化できない思いが身体の一部に影響するほど腐っているのかもしれない。

それでも、わたしはもう成人してしまっていた。年が明ければ、そう間も無く三十路だ。母親の愛情への飢えがあろうと、たとえば手首に刃物を当ててみたり、好きでもない不特定多数の人間と体の関係を持ったりといった、心の渇きが体への直接的な表現につながることはない。心の傷を体を使って表現することのデメリットがよく理解できてしまっている。年齢は、いつまでも傷ついた少女でいさせてくれない。

 

わたしはつい先日、母親の同窓会に同席した。母親のモテ期の真相を探りたかったからだ。

それは去年、母の還暦のお祝いに同窓会に向かう航空券をプレゼントしたことが発端となった。同窓会以降、母には2人の男性から手紙や電話が来るようになった。

「お母さん、やばい!モテ期が来てる!」

と家族で大爆笑した。男性の1人は、母にずっと片想いをしていた人。もう1人は、母がずっと片想いをしていた人。

わたしたち子供としては、どちらの男性でも良いから母と上手くいってほしい、母に第二の真っ当な人生を歩むきっかけとなってほしいと願っていた。隙あらば、わたしが橋渡し役になってもいい。そういうわけで、母の同窓会に同席した。

母にずっと片想いをしていたという男性が隣席をわたしに勧める。いかに長い間自分が片想いをしたかを彼は長く語った。古いアルバムを開くと、母が1人で写っている写真や、母が部活の女の子たちとともに写っている中学時代のモノクロ写真があった。

そんなことはわたしにもあった。修学旅行後、廊下に張り出された写真の購入番号を記すとき。好きな人が写っている写真をこっそりと買ったこと。今も昔も、先生たちにはバレバレだろう。

48年前の8年間の片想いを、片想い相手の娘に話す気分はどんな気分か?

悪くはなさそうに見えた。微笑ましかった。歳を重ねる中にも希望はあるように見えた。

幼い頃のわたしが成仏するように書いている。“ずっと寂しかった”と今、泣いて母に抱きつけば、少しは癒されるのだろうかと想像する。何を今更、という怒りが湧く。

だからなおさらに祈ってしまうのかもしれない。せめて幸せになって、あまり心配をかけないでくれよクソビッチ、と。思想と感情、怒りと愛情が泥々に混じりながら、心身が不揃いに成長したひとりの人間としてそう願わずにいられない。

負のパッチワーク

毎月毎月、お給料日後のこの時期、とある銀行からメールが届く。

 

「お客さまにおかれましては、2016年10月末時点で特典提供の条件を満たされませんでした。」

 

もう何ヶ月も、マイレージクラブの特典を受ける条件に達していない。不適格であったという事実自体は仕方がないことだが、1度も応募していないことははっきりさせておきたい。応募していない特典について、不適格者であることを毎月、メールで報告されている。

毎月メールを開くときに、応募はしていなかったものの、何かの手違いでマイレージクラブの特典を受けられることになっていたりして、などという妄想がなんとなしに頭をよぎり、当然ながら今月もダメだったとうっすら落胆してしまう。

なぜ、告白してもいないのに振られたような気持ちを味あわされなければいけないんだと、全く同じテンションで毎月憤っている。月に1回、ちょうど忘れた頃に送られてくるので、いつもまっさらな気持ちで落胆してきた。そして今日、とうとう「いい加減にしろ」とはっきり思って、ブログに記すことにした。

ブログに記すにあたって、思いきってメールにクレームの返信をしてみたらWebの人気記事のようなおもしろい展開になるのではないか?と、返信メールを半分程度作った辺りで冷めた自分の視線に耐えられなくなり、メールを破棄した。

難癖とも受け取れるクレームを言いつけ、それらのやりとりをおもしろい事件かのようにキーボードを嬉々として打ち鳴らしながら書き示すなんてゴミクズだ。

 

メール画面をそっと閉じ、窓に映ったアラサーの微妙な表情と見つめ合いながら帰宅した。

絶望

隙間風の入る家だった。暮れゆく空が今夜の冷えを予感させた。考えただけで気が重くなる。せっかく友人が泊まりに来たというのに、もてなしたい気持ちに反してそこら中に恥が散らばっていた。家中の何もかもを見られたくなかった。

 

眠り支度を整えていると、浜辺で乱暴をされた、と友人がさらりと口にした。恥をかかせるわけにはいかないので、旦那には話せない、とも。

聞き流しそうになったその一文で、思わず動きが止まる。友人の瞳を見つめる。どのような言葉を糸口にその出来事について触れてよいのかわからない。友人の言葉を引用しながら、つぶやくように問いかけた。が、友人はそれ以上なにかを語ることはなかった。

 

脳裏には数人の人物が浮かんだ。友人の親切さにつけ込んで道を踏み外したであろう人物らの馬鹿騒ぎが聞こえる。群れることで気が大きくなって道を踏み外すなど愚の骨頂であり、到底許されるものではない。眼球を押し出すような赤黒い感情が次から次へと湧き上がる。彼らを、何もなかったかのようにこのまま生かすわけにはいかない。

 

隙間風が少しでも入らないように、襖を閉めて回った。便所を利用するときなどは、臭気以外にも人ならざる存在を意識せずにはいられないだろう。友人の恐怖を思うと不憫でたまらなかった。

家にはどうして捨てられないのかわからない物が埃とともに積み上げられ、それらは溜まる一方であった。何十年と吸った埃や油で黒々とした柱と鴨居が家中の光と希望も吸い取っていた。掃除などでは落としきれないよごれが染み付いていた。

長く自分を育んだはずのその家屋に、愛すべき点が何一つとしてない。光がない。良くなっていくことが何一つ想像できない。物心のついた頃からずっと、頭を抱えて椅子にもたれている。脚には無数の何かがしがみついていた。少し歩けば、粘度の高い重たい泥に脚を取られ、数歩進むのがやっとだ。自分の脚でどこか遠くへ行けるなどとは想像もできなかった。

 

臭い便所で一人、想像していた。今夜の寒い夜を。惨めで情けない夜を。薄い布団でわずかに暖をとりながら、日が明けて、待ってもいない一日がまた始まることを。