マジ大好きな先輩

私は職場に「マジ大好きな先輩」がいる。先輩はとってもチャーミングだ。私は今の職場で働くようになってすぐ、先輩のファンになった。先輩はとてもユニークで、何事にもまっすぐ、なによりも天然だ。社員全員で行った性格診断テストで多くの社員が「朗らか」的な総評だったのに対し、先輩はひとり「おこりんぼう」という評価をされてブチ切れていた。

私は一時期、先輩が何かユニークなことをするたびにこっそりとメモに記録していた。みんなで食事に行ったときや、先輩のファン仲間にこっそり報告しては先輩のユニークさを堪能した。先輩のユニークなエピソードは何度でも味わえた。

 

印刷畑の広告代理店のデザイナーという、やり直しがきかないプレッシャーの激しい業界で筋肉を鍛えてきた先輩は、デザイナーとして素晴らしいスキルとセンスを持っている。一方で、一部の社員からトイレ部長とも呼ばれていた。大小問わず、女性トイレで何かがあるたびに、女性社員だけのメッセージグループで率先して情報交換の機会を設けてくれた。

今度購入する消臭スプレーはどのような匂いが良いか、新しく置いた芳香剤の匂いがキツ過ぎないか、ひとりひとりに問いかけ、相談も受けつけてくれた。みんなから汲み上げたトイレの不安や心配事を先輩はひとりでとりまとめ、管理部に取り合って交渉をしてくれた。先輩の対応はいつもスマートで、過程も結果も完璧だった。先輩が先陣に立ってトイレ問題と対峙するとき、いつも絶対的な安心感があった。

私たちは自然と先輩をトイレ部長、おトイレ部長と呼ぶようになった。しかし先輩は次第に、トイレに関する連絡文書の末文に「※トイレ部長って言ったらもうおやつあげない」「※トイレ部長って言ったら怒る」などと注釈をつけるようになった。私たちは先輩へのお礼、何よりも敬意の気持ちを呼称で表明することができず、行き場のない気持ちを抱えなければいけなくなった。

先週末に有給を使った私が昨日、溜まったメールやメッセージをチェックしていると、女性社員だけのメッセージグループにまたポストされた、先輩からのトイレについての連絡事項が目に留まった。

「個室に芳香剤が導入されましたが、香りがけっこうきついので、気になる方は『中のろ紙を全開なのを下げる』などして下さい、だそうです。完全個室なので空気がこもりがち」。

このメッセージの末文にもやはり、トイレ部長と言うことを禁じる注釈が。

 

その連絡に対するほかメンバーの返信を見ると、みんなのお礼の言葉は遠慮がちだった。明らかに、トイレ部長と呼べない弊害が起きていた。しかし、週末をはさみ、タイムリーでもなんでもない話題に対して「トイレ部長、いつもありがとう」と返信するのはスマートじゃない。なにより、昨日は先輩が夏休みで休んでいた。先輩がいないときにトイレ部長へ、などとお礼を言うのはフェアじゃない。

私が休んだ先週末に先輩からポストされていた「トイレ、においきつすぎて台所まで漂っていたので、中のろ紙を最低限にしてきました…」「あれ、個室に1つじゃなくて、部屋に一つでいいよね」「いつのまにか個室に1つずつ配置されてたよ」というトイレの芳香剤に関する事細かなメッセージを眺める私は無力だった。

 

2営業日ぶりに先輩と再会した今日、先輩はやはり、あの「キツすぎる芳香剤」の結末について連絡をくれた。

 

「芳香剤を撤収したおかげで匂いは元に戻ったみたいですが、試しに最低限だけ開けたものを1つだけ、洗面台の下に置いてみました。もし今日1日で匂いがまたきつくなったら、管理部(1階)に返品しますので、くさいor平気を是非ご意見下さい。

 

※トイレ部長って言ったら怒る」

 

私はリアルタイムでこの事件に立ち会えたことに興奮してしまい、高ぶった気持ちのまま返信メッセージをポストした。

 

「先輩!安定の神対応。ウォシュレット・コンサルタント」 

「それ採用」

 

こうして私たちは今日から先輩を「ウォシュレット・コンサルタント」と呼べることになった。興奮が覚めず、今日のこの出来事を私は会社に1時間半残業して書き残している。