会社から駅までの道程でイケメンサラリーマン3人衆を食い気味に追い抜かした頃、小さな異変に気が付いた。
ほんのり荒い鼻呼吸。息を吸うときに毎回ピーと小さな音が聴こえるではないか。
意識を集中させて数回ほど呼吸を確かめると、これはしばらく鳴ると思った。ひさしく聴かなかったこの音。私は29年の間に何度この音を鳴らしただろう。幼い頃はこの音が可笑しくて、聴こえるたびに楽しい気持ちになったもの。何も感じなくなってから何年経つだろうか。
物思いに耽っても、私の心はかつてのように踊らない。
ピーィ
ピーィ
鼻笛だけが弱々しく儚い音を鳴らしている
ピーィ
ピーィ
そんなに鳴ったった何もしてあげられないよ。踊らないんだもの、心が。
ピーィ
ピーィ
カッ カッ
前を歩く大きな背中のリクルートスーツの女性が、パンプスで力強く私の鼻笛に太鼓を打つ
ピーィ
ピーィ
カッ カッ
ふんどし姿の力持ちが、二本のバチで威勢よく太鼓の縁を弾く
ピーィ
ピーィ
カッ カッ
ピーィ ピーィ カッカッ
ピーィ カッカッ コッコッ
駅が近づくにつれ太鼓の種類は増えていく
遊びに夢中ですっかり暗くなった夏の夜、忙しなく回転する自転車に両足で体重を預けながら児童会館を横切った。
磨りガラスからは黄色い光と祭り囃子の練習音が漏れ、私は夕飯を目指して暗闇の中を突き進む。