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スポットライトを浴びる人間、もしくはライトそのもの人間について

バラエティ番組に出演する坂口健太郎を見ていたら、「なるほど、これはストーカーされる側の人材だ」と思った。今日の昼間、坂口健太郎のモテエピソードとやらをネットニュースで目にしたばかりだった。
高校の卒業式の際には、ファンらによって身ぐるみをはがされ、最低限の装いで学校を後にしたらしい。そんな話がニュースと言えるか!そう思おうとする片隅で、「いいなぁ」という声がある。紛れもなく、私の本心だった。正確には、女子中高生気分に戻った私の本音。

 

学生時代にあんな格好良い先輩がいたら、紛れもなくファンになっている。多分、卒業式にはボタンなどをもらいにいけないタイプの、情けないファン。同じく坂口健太郎のファンをしている偏屈な同級生と、「先輩が校門から駐輪場に入り自転車を停める様子を一部始終目撃した」だの「3メートル先を歩いていた先輩の残り香を嗅いだ」だのといった自慢合戦に本気で一喜一憂していることだろう。
坂口健太郎はそういう偏屈な女達まで惑わせる魅力があるように思う。

 

彼はバレー部だったらしい。彼を見たいがためにきっと体育館は女子で溢れていたはずだ。その女子の中でも一際可愛さを放つ女子が、坂口健太郎の彼女。ふわふわとしたやわらかいパーマの茶髪に、くっきりとした瞳、白くて透明な肌。小柄で華奢な身体は、ベージュのカーディガンにすっぽりと包まれている。好きな人に対して、何のためらいも惜しみもなく、まっすぐに愛情を伝える笑顔を放つ。同性ですら、その眩しさに目を奪われ、動悸がしてくる。
スポットライトが当たる者同士ゆえに、お互いの存在にすぐ気づき、目を合わせ、惹かれ合い、手を取り合ったということにどんな疑問を投げかければ良いだろうか。部活が終わり、帰り支度を済ませて体育館から出てきた坂口健太郎がたくさんのファンの中から彼女だけをすぐに捉え、そのまま彼女と手をつないで校門を出ていく。

 

私と友人は、二人の様子を校舎のベランダから見送る。この位置からは、アタッカーをしている坂口健太郎の練習風景がよく見えるのだった。胸からスカートにかけて付いた、手すりの埃を払う。「よし!園子温のDVDでも借りて観ようか!」「いいねー!そうしよ!」などと空元気で帰る。

モテる人種はおそらく、園子温の作品で発散したり癒されたりなどはしない。モテと非モテはどこまでいっても、天と地だ。残念ながら。