収納問題も即解決!同棲する彼氏に家具を買わせたい人が送るべきリリック

彼氏との同棲が決まって、ワクワク☆ドキドキ~!だけど、そんなハッピーな気持ちをブルーにさせるのが収納問題・・・。女の子がどれくらい収納問題に頭を悩ませるか、男の人にはなかなか伝わらないものですよね。


そんな人は、彼氏にこのリリックを送ってみましょう!びっくりワクワクどんどん!意外な展開になっちゃうかも~!?

 

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すでに貧乏
それでも交渉

足りない収納
マジで重宝

かなり譲歩
しても最高

これで生活
したら最高峰

最高峰 say ho!
最高峰 say ho!
最高峰 say ho!

(↓買ってほしい家具のURL)
http://www.ikea.com/jp/ja/catalog/products/70365794/

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<リリック利用者の声>

・新しい物件にはほとんど収納ゼロ。藁にもすがる思いでこのリリックを彼氏に送りました。「おまえけっこうrhymeうまい」とすぐに返事が来て、惚れ直されてしまいました。結婚も決まりそうです。(30歳・女性・IT企業)

つまらない仕事や上司の小言に耐えられる人間になる方法

つまらない仕事や上司の小言をスルーできる方法を発見しました。

 

それは、野生のウミガメと一緒に泳ぐこと。

 

実は、今年の夏期休暇にバカンスで行った、日本のある島のビーチでシュノーケリングをしていたところ、野生のウミガメに遭遇しました。しかも、4匹。

 

いずれも人に慣れているのか、チラリと横目で流す程度で、逃げも隠れもしません。

 

そういうわけで、好きなだけ野生のウミガメを眺めていました。間近で見るウミガメは想像以上にデカくて、こわい。

 

しかし、その性格がある程度掴めてくると怖さは和らぎ、愛しく思えてきました。

 

さて、ここはコンクリート・ジャングル・東京。つまらない仕事、つまらない小言を上司から受ける私です。

 

そんなときに、悠々自適と海を泳ぐウミガメの姿が浮かぶのです。

 

ウミガメを育む、そんなこと以上に価値のある仕事が、この地球に存在するだろうか?

 

ウミガメが息継ぎする音を聞いたこともない、そんな上司が口にする言葉など、戯言に過ぎない。

 

ウミガメが海藻を食した直後に、両腕で胸を叩くことすらも知らぬ、愚か者なのだから。

 

あの日、あの瞬間以来、私は変わったのです――ウミガメと一緒に海で泳いだことがある人間に。

 

あれ以来、つまらない仕事や、上司からの小言に耐えられるようになりました。

 

胸をトントンと叩きながら、窓際の定位置に戻り、まるでウミガメのように、静かにインターネットの底を漂うのです。

2017/9/6(水) OLのある一日

                   7:30  起床
  7:40  ~  8:00 ウォーキング
  8:00  ~  8:15 朝ドラを観ながら朝食
  9:00  ~  9:30 電車移動(便意)

                 10:00 出社
10:00 ~ 10:10 排便1
             ~ 11:30 メール、原稿作成など
11:30 ~ 11:40 排便2
             ~ 13:30 原稿作成

13:30 ~ 14:10 昼食
14:10 ~ 14:20 歯磨き(排便3)
     ~ 15:30 原稿編集
15:30 ~ 15:40 排便4
     ~ 17:10 企画調整
17:10 ~ 17:20 排便5
                 18:20 便意のみ
             ~ 20:40 原稿納品
                 20:43 退社

上司の天然がひどい②

以前、天然ボケが過ぎる上司について書いた。

 

tachun.hatenablog.jp

 

彼は転職活動をおこないつつ、未だに私のチームの上司だ。そう、彼は転職活動中なのだ。彼が私たちの会社に入社し、私が彼のチームに配属されてすぐ、この会社は好きじゃないので転職活動中であることを打ち明けてきた。

 

私は「マジか?」と思った。その後も、転職活動の面談結果などを随時報告してきた。マジか?と私はそのときも思った。そして、「信用できねーなコイツ」と自然と感じるようになった。もちろん、フラットな人間性や裏表のない点を尊敬できると言えなくもないのだが、やはり、いつ転職していくかもわからない人間に心を開くのは不用心だと感じる。

 

自分が転職活動中だからか、私にもやたらと転職を勧めてくる。巧妙なリストラなのではないかが疑わしい。一時期は、将来の夢やキャリアプラン、やってみたいことなどをやたらとチャットで質問されたことがあった。キャリアプランといった大それたことを考えるタイプではないものの、無下にもできないと思い、「広報業務に興味がある」と答えてみたところ、私の現在のキャリアでは広報になるのがいかに難しいかを熱く説明してきた。「マジうるせえな」と思った。

 

しかし、上司を信用できないとも言ってられない共通点も発見した。私と上司には「昔、口にピアスを開けていた」という意外な共通点があったのだ。彼はかつて、美容師見習いだった頃、唇と顎の間、中央あたりにピアスをしてたらしい。高校3年生から大学生の就活が始まる頃まで、下唇の右口角付近に小さなピアスを開けていた私としては、「少しは話せそうなヤツだ」という気持ちになった。

 

それでも、唐突に「ホストが働いてるクラブってなんだっけ?」と困った様子で尋ねてくる姿を見ると、信用できる上司とは到底言えない。

父について

先日、父の命日だった。今年で7年になる。

 

日本の南端にある小さな島の小さな村で産声をあげた父は、聞いた話によれば、かなり活動家だったらしい。


婿養子を貰うほど男の少ない家系の初産かつ長男ということで、親戚一同に大層喜ばれたそうだ。周囲の溺愛を受け、元々の快活さは誰かに押さえつけられる隙もなく伸び伸びと成長を遂げた。


隣村からの来客者に入場料としてお菓子を要求したり、相手の年齢や体格問わずに気に入らない相手には飛びかかったりと、母親であるおばあちゃんの元には、息子に関する何かしらの苦情や相談がいつも寄せられた。


相撲が強かった、喧嘩っぱやかったなどのエピソードには事欠かない。

 

しかし、それらは父の好奇心や悪戯心、正義感や負けん気の強さと言った性格に根差しており、弱い者イジメや嫌がらせと言った卑屈な行為はなかったと、幼少期から青年期までを知る人々から聞かされる。


流行に敏感で、ハイカラな一面もあった。エルヴィス・プレスリーといった1970年代のアメリカン・ミュージックが日本中で流行した頃、父は日本本土から管楽器を取り寄せ、島で初のブラスバンドを結成したそうだ。それらの様子はアルバムのモノクロ写真で確認したことがある。


娯楽の乏しい時代に響いた管楽器はさぞ魅惑的だったに違いない。おばあちゃんの話によれば、父が本土を離れるときには、泣きながら見送る女性グループが数組はいたとか。

長男が高校を卒業したことを機に本土へ移住した一家は、父を長男として子供5人、夫婦2人、祖母が1人と大所帯であった。

父は一家の稼ぎ柱として社会の荒波に揉まれることとなる。時は高度成長期で、日本中に活気がみなぎっていた。自立心が旺盛な父は、自分の父親と弟とともに配管会社を興し、バブル経済に人々が湧く中、順調に売り上げを伸ばしたようだ。1千万の売り上げがあった月もあるとか。

 

他にも、気性の激しさを表すエピソードがいくつかある。とある有名な宗教の信者2人と議論を交わし、父は不快な思いをしたらしい。そのときの悔しさや怒りをエネルギーに、宗教に関する本を数冊読み込んで、後日その2人と再び議論の機会を作った。父の気の済む限り議論し、コテンパンにしてやったらしい。

そういった気性の激しさや、いつまでも根に持って復讐心を燃やし、あくせくと努力するところなどは私にもはしっかりと受け継がれている点だ。

 

さらに、父には好奇心旺盛で収まりのつかないところがあったらしい。会社経営が非常に順調だった父は、私たち家族が住む家とは別の場所にも、人知れず帰る家を作ろうとしていたそうだ。出張が多いことを良いことに、外に女を作っていたらしいと、つい最近になって母に聞いた。恋愛に真面目すぎる生き方をしてきた母には、非常に理解し難しい問題だったはずだ。

 

問題行動を挙げればキリがない人間である。太く短く青春を終えた父の生き様を、残された家族は骨を拾うように慈しむしかない。

母は母で、父が1番格好良かった頃の姿で私の夢に出てきた、だから私は何も間違っていなかったと、極めて個人的な妄想を現実問題と結びつけて結論し、その旨を私達子供にメールで送りつけては、それぞれに気味悪がられ、ますます自分の立場を悪くしている。父の死後も、彼女は平常運転を続けているのだ。母が言う通り、父は浮かばれているのなら良いけれど。

挨拶の順番

ふと考え事をしていると、挨拶の順番だけでいろいろなメッセージが読み取れるなぁと感じました。

 

たとえば、「こんにちは、さようなら、おやすみ」

 

これは、かなり健全な人の過ごし方です。日中をともに過ごし、楽しくお別れし、余韻を味わいながらその日を締めくくっています。明日以降に未来が続いている挨拶のやりとりです。

 


「こんにちは、おやすみ、さようなら」

 

これは、かなり遊び人の挨拶です。日中を楽しく過ごしたのは、一晩をともにする以外に何の目的もありません。起きたらすぐにさようなら。2度目はなさそうです。

 

 

「おやすみ、さようなら、こんにちは」

 

この挨拶は、遊びではないように思わせながら遊ぶという、より悪質な手口を匂わせる挨拶です。都合の良い関係に持ち込もうとする邪心が伺えます。一晩で終わらなかったから、そのうち本命になるかも…などという希望は叶わないかもしれません。ただし、2回目の再会は「こんにちは、さようなら、おやすみ」になれば、相手は体ではなく心に興味を持ってくれた可能性も感じられます。


挨拶の準備だけで読み取れるメッセージはこんなにも違うと気付いた瞬間にとても興奮してしまい、全く仲良くない知人にこの発見をメールしそうになりました。今思えば、送らなくて本当に良かったです。

崩れるとき

人が崩れる時は、他人にとっては一瞬だ。

一緒に飲んでいたはずなのに、酔いでタガが外れて突然人格が変わってしまったかのように。

 

今年で88歳になる祖母の親友が他界した。祖母とその親友は80年来の付き合いで、私も小さい頃から自分の祖母のように付き合ってきた。

 

祖母と同郷であるその親友は小さな南の島で幼少期を過ごし、出稼ぎのためにともに本島に来て、結婚をし、子宝を得た。縁があって近所で生活し、互いの子供や孫、ひ孫の成長を見守って生きた。何をそんなに話すことがあるのか、女子高生かのように密に連絡を取り、長電話をしていた。

 

祖母と出かける約束をした際に、親友も一緒に連れ合い3人で回転寿しを食べた日もあった。

 

祖母と親友が喧嘩をしたらしいときには、80年付き合ってきても知らなかった怖い目で睨まれたという話を聞かされたこともある。

 

そんな祖母の親友が、他界した。膝が悪く、外出もままならないことは知っていた。それでも、可能な範囲で私と祖母のお出かけに顔を出してくれていた。

 

膝が悪いのは知っていたのだ。そのために手術を行い、成功したということは祖母との電話で聞いていた。容態が急変し、他界したことは従姉の急報で知った。未だに、もう会えないということは宙ぶらりんの感覚になっている。

 

仕事の忙しさにかまけて祖母との付き合いが随分希薄になり、親友の他界で落ち込んでいないはずがない祖母への連絡にも後ろめたさがあった。それが連絡をしてみると、祖母の人柄から大切なものはするすると抜け落ちてしまっていた。耳が遠く、理解力は随分落ちていた。

 

あれこれ考えて過ごせばあっという間に過ぎてしまった月日で、祖母の社会性のいくつかはこぼれ落ちていた。親友の他界の影響は計り知れない。縁起でもないと言いたいような事柄も、この現実に地続きとなっていることを感じてやまない。避けようもない未来があることからは逃れられないとすら感じる。

 

祖母と過ごせる時間を考え、会う時間を急激に押し進めている。何かの変更を理解してもらうことにも時間がかかり、予定の内容を真に理解してもらうことも難しい。話そうとしても、聞こえないのか、届かないのだ。

 

きょうだいとのLINEグループで、祖母の現状を報告する。私達はとくに達成しておくべき行為を端的に決めた。私個人は、まだ見ぬパートナーや、その子供を祖母に見せたいと思っている。祈るように、日々を丁寧になぞり、祖母と私の時間がなるべくリンクする未来を天に祈るしかない。